私立聖ブルージョークス女学院2

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 それは校舎の裏手のやや広く空いた場所にある桜の木で、この木の下で告白したカップルは永遠に結ばれるという、よくある下らない都市伝説の場所だった。環が誰の姿も見えないので不審に思いながら木に近づくと、幹の反対側から川本愛梨という名の二年生の生徒がいきなり姿を現した。  背がすらっと高く、スレンダーな体つきでストレートロングの髪が風にはためく。確かに可愛い感じではあるが、あいにく環にそっちの趣味は微塵もない。 「あの、わたしのおねえさまに……」  と言いかけた川本愛梨に、環は0.5秒で即答した。 「嫌です」 「せ、先生!そんな最後まで聞きもしてくれないなんて!」 「あのね、この世の中にはそんな話は滅多にあるもんじゃないの。卒業してからちゃんと男性に興味持ちなさい、男性に!」  そう言って踵を返してすたすたと歩き去る環の背中に川本愛梨の半泣きの声が追いかけて来た。 「わたし、いつか絶対に先生を振り向かせて見せますから!」 「ああ、はいはい」  取り合わずにその場を去りながら、環は心の中で一人でツッコミを入れていた。  そもそもこの学校は戦前に設立された時からずっと女子校で、去年片山先生が赴任して来るまでは教師も男性は既婚者ばかりだったと聞いている。  その敷地内にカップルが生まれる伝説の木なんて物がどうやったら存在する事が可能なんだ?ここの生徒は今まで誰も、そこがおかしいとは気がつかなかったのか?百歩譲ってそんな事があったとしても、日本では犯罪か修羅場だぞ、それは。  私立聖ブルージョークス女学院の運動会は5月に行われる。その年の運動会は5月17日の木曜日だった。中途半端な日取りだなと環は思った。綾瀬先生に訊くとすぐに教えてくれた。 「ああ、今年は『主の昇天日』がその日だからよ」 「はい?ショウテンビ……ですか?」 「前に、うちの学校行事は可能な限りキリスト教の歳時に合わせているって言ったでしょ?イースターから数えて40日目の木曜日が主の昇天日、イースターから50日目の日曜日がペンテコステ。こっちはキリストの弟子たちが精霊を授かったとされる日で、キリスト教の教会という物が創建された日として祝われるの。うちの学校の運動会は原則としてそのどちらかの日に行うというしきたりなのよ。今年はイースターが4月の初めだったから、昇天日になったわけ」
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