第2話

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「ああ、東条英機ね。開戦当時の総理大臣だった。でも戦前の憲法は天皇が国家の元首であり主権者だと定めていたのだから、日本のヒットラーは昭和天皇だったはずよね。でも、日本には実はヒットラーのような絶対的な独裁者はいなかった。そこが問題だったと見る説もあるのよ」 「ちょっと、先生も前島も俺にも理解できるように話してくれよ。俺の成績の悪さは二人とも知っているだろ?」  園田先生は笑いながら俺の肩をポンと叩いて続けた。 「ドイツではヒットラーが拳銃自殺したのが1945年4月30日。翌5月8日にドイツはアメリカやイギリスなんかの、いわゆる連合国に全面降伏している。ここで同盟国だった日本には勝ち目はなくなっていたはず。でも実際に日本が連合国への降伏を国民に宣言したのは8月15日。もっと早くさっさと降伏すればよかったとは思わない?」  俺も前島も黙って、しかし深くうなずいた。 「もし日本にヒットラーのような絶対的な独裁者がいたのなら、その人がもう降伏しようと言えばあっという間に決定が下ったはず。では日本の独裁者が負けを認めたくなくて嫌がって、それで終戦まで長引いたのか? それも違うようなのよね。つまり東条英機も昭和天皇もヒットラーのような独裁者ではなかった。つまり、えいやっ! という感じで決められる人が誰もいなかったから、ずるずると戦争を続けてしまい、原爆を2発も落とされてやっと昭和天皇の判断で降伏した。この、誰が悪の大魔王だったのか、それがはっきりしない、この点が日本のファシズムの特徴ね」  なるほど、何となくだけど先生の言いたいことが分かってきた。俺たちだって友達同士で「空気読めない奴」とか言われるのが怖くて、やばいんじゃないか? と思いながら、なんとなく調子合わせちゃうって事あるもんな。それを政治家や軍人がやるとファシズムって事になるのか。  俺がガラにもなく考え込んでいると、チャイムが鳴った。話に夢中になって時間が経つのを忘れていた。クラブ活動に所属していない生徒は下校する時間だ。先生はコーヒーのカップを片づけながら俺と前島に言った。 「はいはい、保健室は今日は店仕舞いよ。気をつけて帰りなさい」
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