『章子』

1/2
前へ
/10ページ
次へ

『章子』

 今となっては、もはや過去の遺物と呼ぶべき、ブラウン管のテレビ画面に映り込んだ“私”が、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。  私は恐ろしさで、身動き一つ取れない。いいえ……取りたくても取れない、と言った方が正しい。画面からスゥーっと伸びた白い腕に、羽交い締めにされているからだ。  どれだけ足掻こうと、それが緩む事は無かった。逆に抵抗すればする程、身体を締め上げる力はドンドン増していき、骨を軋ませ、私に悲鳴を上げさせる。  でも、この叫び声は誰にも届かない。  ここは人里離れた山奥の廃屋。隣家は無く、人通りも無い。獣さえも寄り付かない、忘れ去られた場所だ。  唯一、この場所を寝床にしていたのは、リンリンと鳴き声を上げる虫達だけだったが、その鳴き声も先程から途絶えている。  ──どうして……どうして、こんな事に?!  意味の無い自問自答を繰り返し、出る事など無い答えを模索してみるが、耳に届くのは“あの女”の気味の悪い笑い声だけ……。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加