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「フフフ、ほら、よく焼けた……」
コンロの上のフライパンの中で、ジュージューと小気味好い音を立てる郁夫の太腿は、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせていた。
胸の奥から饐えた物が込み上げてくるのを感じながらも、私のお腹の虫達は飼い主よりも正直者らしく、鼻先を擽るその薫りに反応し、“グゥ”と空腹を報せてみせる。
それを聞いた女は嬉しそうに微笑みながら、
「待ってね。もう直ぐだから」
と言い、いそいそと食卓の上に食器を並べ始めた。
「嫌いな物は無かったかしら?」
「お、お願い……助けて……」
私のか細い声が、彼女の耳に届くことは無い。
頬を一筋の涙が流れていく。それは、後悔という念が籠った苦汁であり、私が遺す爪痕だったのかもしれない。
やはり来なければ良かった。きっぱりと断っていれば、こんな目に遭わずに済んだ筈なのに……いいえ、そもそも郁夫が「胆試しに行こう」なんて言い出さなければ、こんな事にはならなかった。
郁夫、郁夫、郁夫、郁夫、郁夫……。
私はアンタを許さない。
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