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「また……駄目。また……駄目だった……」
微かに聞こえてくる嗚咽に混じり、か細い声は悲痛、苦痛に満ちており。
それは薄暗い闇が占める荒れ地を流れる温い風に乗り漂う。
しかし漂うのは声だけではなく、鼻を押さえたくなる程顔を歪める程の強烈な血生臭い死臭もだった。
死臭を強く放つのは、荒れ地に累累とある屍。
身に纏っている鎧は歪な形に歪み凹み、身を守るという役割を果たせなかったであろう鎧からはみ出した手足はあらぬ方向に曲がっていたり失われていたり。
覗いた肌は生気を少しも感じれない程に白く、光を灯している目は輝きを失い濁り、黒しかない空を虚ろに映していた。
目は生きていた時に何かを映していたのかそれを表情に表していて、累累とある屍は全て、恐怖、に染まりきっている。
その恐怖を鮮烈に彩るのは夥しい血であり、その臭いにつられて死肉を餌とする鳥やら獣やらがいてもおかしくないというのに、その姿は一つも無かった。
だがそうするのは、丘のように積み上げられた屍の上にいる“者”の存在のせいか。
「誰も……私を……。ああ……駄目だった……」
地面が見えぬ程に死体で覆い尽くされた異様で恐ろしいこの場で、どうやら唯一命のあるその“者”。
死体の丘の上で座り両膝を立て、闇よりも深い黒色の長い髪から覗く顔を両手で覆ってしまっている。
しゃくりをあげているのか、時々小さく跳ねる細い体はこの場に不釣り合いであり、それが余計に異質を際立たせていた。
「駄目駄目……。ここの……駄目……」
悲しみを誘う声はか細く駄目駄目と言い、何度も何度もその言葉を繰り返したその“者”は、何かを思い付いたかのようにしゃくりを止めた。
そして、覆う顔から滑るように下がっていく、手。
露になったのは
「そうだ」
どこまでも深い闇を湛えた、朱色の双眸。
ゆらり。
陽炎のように揺らめき立ったその“者”は、薄い唇に弧を描かせて。
呟いた。唱えた。
否。
喚んだ。
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