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「五月の、ありましたよ。」
「あぁ、ありがとう。」
紙を受け取ると季乃さんは手に持っていた布を切りはじめた。
仕事をしているとなると話しかける訳にもいかないが、このまま突っ立っているのも落ち着かない。
とりあえず、その場に座って周りにある布を一つ一つ丁寧にたたんでまとめた。
私の周りだけ布で隠れていた畳が見えるようになった。
一部が綺麗になると他も綺麗にしたくなる。
季乃さんの邪魔にならないように部屋中の布をたたんで一ヵ所にまとめて、散らばっている紙もまとめて机の上に置いた。
片付けが終わったとき、季乃さんが顔を上げた。
「おや?広くなったな。この部屋。」
「部屋の広さは変わってません。勝手に片付けました。」
なんとなくその場に正座で座った。
季乃さんはぐるりと部屋を見渡すと、開けっ放しにしている襖の向こうを見て目を細めた。
「もう日は暮れているが、帰らなくて大丈夫かい?」
赤くなった空を見て、彼がつまらなそうに言う。
以前にもこんな会話をしたとき、彼はつまらなそうだったなと思った。
「……もう少し、ここにいます。…いいですか?」
そう言うと季乃さんは口元に笑みを浮かべ、
「なら、また分かれ道まで送ってあげようか。」
楽しそうに 嬉しそうに 笑った。
私は廊下に出て縁側に座り、時折、開けっぱなしの襖から彼の仕事姿を振り返りながら見たりして、今日覚えた庭石菖を眺めていた。
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