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この点だけ見れば、どこか富豪の一人娘、少し病弱な深窓のお嬢様と言ってもまあ納得出来る。しかし、どうしても拭えないこのザラザラとした違和感の原因は、あからさまに、あちこちに見当たったのだ。魔性を放つその瞳は、黒の色を纏ってはおらず、ただただ深い赤だ。なんとも筆舌に尽くしがたいが例えるならば、夏の夕暮れの空の強烈な色彩に、ありったけの人間の血液を注いでかき混ぜたような……そんな、不安感を強引に煽るような不気味な透明感を持っていた。
そして髪。肩甲骨辺りよりもう少し長いストレートの黒髪は、光を反射していなかった。陰っている場所にいるからだとかそういう理由ではない、それは明確に、この黒い少女が「物質」としてそこに存在していないことを意味していた。
以上の二点だけでも十分過ぎるほどに異様を呈しているのだが、そんなことなど全く気にならない程の、この少女が『これは少女のカタチをした何か、強大な何かなのだ』と一瞬の内に理解させられるレベルの異様が、その背部から噴き出していた。
「……天使、か。」
再確認するような呟き。心なしか体が、ふっと汗ばんだような気がした。
「だったらそのあっからさまな臨戦体勢を解いてくんねーかな。目の前でンな大層なモンがユラついてたらこっちも気が気でないんでね」
天使と呼ばれた少女の背中から噴き出していたのは……泥、や炎、のようなモノに見える。その三対の異様のどれもが余さず深淵を覗き見たかのような黒色だ。それぞれが弾け、うねり、絡み合い暴れまわる様はまるで、意思を持った気味の悪い生き物のようで相当に不快だ。これが一体何かと問われれば「天使」というワードから察するに回答は難しくない。神話や創作の物語の世界でも、天使という存在は大抵美しい鳥類の翼を持っている。そして今この世界の端までどす黒い圧力を放っているこの少女もまた「天使」と呼ばれた。ならばそう、あれはまさしく「ツバサ」なのだろう。なのであろうが、それは、あまりにも、人が思い浮かべる翼の形状からかけ離れ過ぎていた。十分に耐久力はあるのであろうこの建造物の壁や天井は、あの翼の様なモノが掠っただけで轟音と共に吹き飛び、アレが壁を叩くや否や、空間が歪み千切れるのではないかと思うほどの、強烈な衝撃が世界に走り渡る。恐らく只の人間の身体ならば、ぺしゃんこに潰すのにこの衝撃だけで十分事足りるだろう。
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