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荒れ果てた廃墟の群。空は濃灰と渦巻く黒に支配され、大気は静かに、誰に聞かせる訳でもなく鳴いている。どこまでも続いているように見えるその世界には、地が存在していなかった。見下ろすとそこには、先ほどまで眼前に広がっていた廃墟の群れが虚空に転がっている。天が在るにもにも関わらず地が無い。いや、もしかしたらこれを地と呼ぶ者もいるのかも知れないが、一般人類の常識的観点から見ればそんな考えは除外対象で論外だ。
そんな限りが有るのか無いのかすら曖昧な、混沌然とした世界の中、一つの人影が空高く跳ねた。その跳躍力は誰の目から見ても人のものではないだろう。何せ、ただの一瞬で数十メートルもの飛距離を叩き出したのだ。踏み台にされた一棟のビルは瞬間爆散し、数百数千の石片に姿を変えられる。
二つ目の足場に降り立った人影は、頭の後ろで乱雑に結ばれた長めの黒髪で、印象的な曲線を軌跡に残しながら更に跳ぶ。次は目の前にあった邪魔なビルを左拳で破砕して、だ。斜め上方に吹き飛び散った瓦礫を一つ一つ足場にしながら、さながら流星のような速度と流麗さで駆ける。
やがて、一本のビルが流れ行く視界に入る。今まであったものもそれぞれ随分な高層ビルだったが、訳が違う。段違いの大規模だ。そしてよく見ると、ただのビルではないようだ。遠目のシルエットは確かに都会に乱立している高層ビルのそれだが、その実、あらゆるモノが重なり合って出来ているように見える。ふざけた話だが中には、この距離でも巨大だと捉えられる大きさのクマの人形があったり、一昔前に流行したゲーム機が柱代わりになっていたりもした。なんにせよ、最早人造の域を遥かに超えた物体であった。
「いたな」
呟く声は凛とした、それでいてまだ成りきってはいない女性のもの。少し乱れ気味の前髪からスッと覗く眼光には、鋭さなどは一切含まれていない。寧ろひたすらに重々しい武骨な鈍器のような超重量を伴った圧力がある。
双眸が捉えたのは、天を衝く建造物の最上階、最も荒れた頂上だ。ここまでかなり上へ上へと進んできたが、それでもここからあと、目測五、六百メートルはくだらない距離。常人なら目が眩む高さだ。
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