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しかし、長髪の女はそれを走り高跳びの要領であっけなく埋めたのだ。否、埋めたどころか寧ろ、二、三百メートル上回ったように見える。少女は最頂点で何回転か体を回し体勢を立て直すと、そのまま巨大建造物の頂上へ、そこに在る黒い少女へ一直線に突っ込んだ。
最上階から何十階も下の層まで強引に貫ききるまで、片手の指の本数程の秒数も要さなかった。流星がそのまま隕石となって落下したようなものだ。その威力の程を誰がその場で想像出来ようか。しかもそれを脳天へ寸分の狂いも無く喰らったとすれば、いかなる生物でもそんな状況で原型を留めるのは不可能だろう。影すら残るまい。
普通は。
「あー、もー。けむいけむい」
――残念ながら、今回はいわゆる『普通でない』……いや、『尋常でない』ケースなのだ。攻撃を仕掛けた方が異常なら、受けた方はそれ以上に異常でもなんら不思議は無い。
そう、音の何倍もの速度で駆け、数十階級のビルを殴って破砕し、一キロメートル近い高低差を一度の跳躍で埋め、従来のそれより何層分も分厚い天井と壁を何十層とぶち破りきって尚、息一つ乱れていないこの少女より、相手の方が何倍も、何十倍も、何百倍も何千倍も異常で脅威でどこまでも化け物だとしたら。それならなるほど、今現在少女の眼前で、黒い影が無傷で不機嫌そうな表情を浮かべている理由にも説明がつくのだ。
崩れ、互いにぶつかり合い身を削り合う瓦礫達の悲鳴に、少しずつ収まりがついたころ、対照的な静かさで、影が口を開く。
「全く勘弁してほしいわ。人の心の中じろじろ観察しないでよねー」
「人じゃねぇだろが」
「……あー、そーだった。にしても荒っぽい登場だったなー、本当やめてほしいわ」
目の前の砂煙をぱたぱたと払うそれは、輪郭を現したそれに対する感想を、有体に、至極簡素に言ってしまうならば「黒」であった。先ほど悪態をついた少女も全体的にブラックカラーの印象だが、そんな現実に存在する概念など話にならないほどに「黒」いのだ。かといって別に、見せた姿の全てが塗りつぶされたように真っ黒という訳ではなく、姿形は人間の女性のそれと相違無い。背の丈は百六十から百六十五ほどであろうか、上下漆黒で統一されたスリムなシルエットの服から覗く、病的に白い肌がアクセントとなって印象的だ。大人びた風貌を呈していながらも、どこか幼さを残すその顔には、見る者を惹き付ける魔性がある。
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