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「……っ!」
数メートル先で、ついさっき自分を轢こうとしていた車が横切ったのだ。
悲鳴やブレーキ音、騒然とした雰囲気が空気に乗って伝わってくる。
しかし彼女は轢かれてはいなかった。薄暗い、建物の間の路地にいたのだ。
──まるで瞬間移動のように。
「っ、え…………」
困惑し声が漏れる。
心臓がどくどくと高鳴なり、じっとりとした汗が頬を伝った。
そして、
「──大丈夫かい?」
何分にも何時間にも思える感覚の中で、不意に声が聞こえた。
落ち着きはらった、リゼの心境とは真逆の声。
それは、リゼの真後ろから発せられた──男のものだった。
「………………」
数秒、沈黙する。
やがて落ち着きを取り戻すと、リゼはゆっくりと首を上向けた。
白い肌を辿り、瞳を探す。
かち合った視線の先には上質な、貴石のような瞳があった。
男はしばらくリゼの無垢な視線を受ける。
やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「君は……変わった子だね」
後ろからリゼを抱えたまま男は唐突に呟いた。
深みのある翡翠色(エメラルドグリーン)の瞳には、上向いたせいで垣間見えたリゼの容姿がしっかりと映っている。
銀灰色の髪に漆黒の瞳。
悪魔堕ちと恐れられ疎まれるそれはどんな者にも拒絶されてきた。
黒があるだけで、それは罪深いことだからだ。
だからこそ、隠していた容姿を見られた事にリゼは知らず身を強張らせた。
が、それは杞憂に終わった。
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