第一章 罠にかかった悪魔堕ち

8/19
前へ
/359ページ
次へ
「……っ!」 数メートル先で、ついさっき自分を轢こうとしていた車が横切ったのだ。 悲鳴やブレーキ音、騒然とした雰囲気が空気に乗って伝わってくる。 しかし彼女は轢かれてはいなかった。薄暗い、建物の間の路地にいたのだ。 ──まるで瞬間移動のように。 「っ、え…………」 困惑し声が漏れる。 心臓がどくどくと高鳴なり、じっとりとした汗が頬を伝った。 そして、 「──大丈夫かい?」 何分にも何時間にも思える感覚の中で、不意に声が聞こえた。 落ち着きはらった、リゼの心境とは真逆の声。 それは、リゼの真後ろから発せられた──男のものだった。 「………………」 数秒、沈黙する。 やがて落ち着きを取り戻すと、リゼはゆっくりと首を上向けた。 白い肌を辿り、瞳を探す。 かち合った視線の先には上質な、貴石のような瞳があった。 男はしばらくリゼの無垢な視線を受ける。 やがて柔らかな笑みを浮かべた。 「君は……変わった子だね」 後ろからリゼを抱えたまま男は唐突に呟いた。 深みのある翡翠色(エメラルドグリーン)の瞳には、上向いたせいで垣間見えたリゼの容姿がしっかりと映っている。 銀灰色の髪に漆黒の瞳。 悪魔堕ちと恐れられ疎まれるそれはどんな者にも拒絶されてきた。 黒があるだけで、それは罪深いことだからだ。 だからこそ、隠していた容姿を見られた事にリゼは知らず身を強張らせた。 が、それは杞憂に終わった。
/359ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加