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ラスティーユ港、一隻の船。
甲板。
「……さん、お客さん! いい加減起きなって。着いたよ!」
微睡の中誰かに肩を揺さぶられ、アイリーゼ──リゼは重たい瞼を僅かに開いた。
ぼんやりと、視界には自身の灰色の髪が映る。
人によっては銀灰色だと言う長めの前髪だ。
ぼーっと、数秒眺める。
次第に覚醒してくると、リゼはゆっくりとテーブルに突っ伏していた体を起こした。
「あ、やっと起きた! ほら、もう着いたから下りてよお客さん。アンタが最後なんだからね!」
呆れ半分安堵半分にそう言い放ち、乗務員はリゼから離れていく。
無言で見送った後周りを見回せば、甲板に残っているのは確かにリゼだけだった。
(ああ、着いたんだ)
ようやく理解すると、リゼは気だるそうに椅子から立ち上がった。
午前中の弱々しい日差しがローブ越しにリゼの白い肌に降り注ぐ。
見上げた空は、昨夜の雨が嘘のようにえらく快晴だった。
旅立ち日和、なのだろうか。
考えて自嘲する。
そんなはずないか、そう思った。
「早く下りてよ!」
と、先ほどの乗務員が戻ってきたのかリゼを急かす。
リゼは、けれどのんびりした動作で傍らに置かれていたトランクを手に取った。古ぼけた薄汚いトランク。
ドレスが四着入るか入らないか、その程度の大きさだった。
それがリゼの唯一の所持品だ。
「…すみませんでした。ありがとう、ございました」
リゼはおっとりと、けれど凛とした声で言葉を紡ぐと頭を下げた。
そして、またゆっくりとした足取りで船から降りて行った。
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