第一章 罠にかかった悪魔堕ち

4/19
前へ
/359ページ
次へ
(……眠い、な) 船から降りたリゼは、酔っぱらいのような千鳥足で目的地に向かっていた。 ほぼ毎日。 眠れないのではなく眠らない夜を過ごしていれば、リゼの体はすっかり昼夜逆転に慣れてしまった。 結果、毎日のように寝不足で瞼が重たい。 いつもは木に登ってそろそろ眠る時間だが……これからはそうはいかない。 これから彼女は、成人として働くのだから。 知らせが来たのはつい先日だった。 「奉公に出なさい」 唐突に、院長はリゼに告げた。 院長室に呼び出されてすぐ、言われた言葉にリゼは内心驚いた。 しかし、その様子が表に出ることはなかった。 彼女は大抵、無表情な子だった。 「どこに、ですか?」 平坦に、拒否することなくリゼは問うた。 「ラスティーユのシルフォード侯爵家です」 無表情で院長は答えた。 「当主のランドール・シルフォードが使用人を探していると聞いたので、駄目もとでお前を申請しました。運と言うのは、お前にもあったようですよ」 皮肉めいたように薄く笑い、院長は冷淡にリゼを見下ろす。 リゼはじっと、無表情のまま漆黒の瞳で見つめ返した。 それは人形のように無垢で冷たく、何の感慨もない瞳で。 「……っ。と、とにかく。お前の採用は決まりました。明日、出ていきなさい」 息を詰めると、院長は視線を逸らし、背を向けて冷たく言い放った。 ──凍てつくような黒い瞳。 いつだったか、そう言ったのは院長だった。 院長はリゼの黒い瞳が嫌いだった。 けれども、それでも。 一向に振り向かない背中を見つめ、リゼは深く頭を下げた。 「……ありがとうございました。お世話になりました」 返事も聞かずリゼは院長室を後にした。
/359ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加