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「あ…………」
滅多に変わらないリゼの表情が少しだけ崩れた。
突風が焦げ茶のローブを振らし、同時にリゼの地図を奪っていったのだ。
あれがなくては奉公先に行けない。
リゼは人混みに割り込み、無我夢中で地図を追った。
幸いにも、地図は数メートル先の水溜りに落ちそこから動かない。
追いついたリゼは安堵しながら、地図を拾おうと腰をかがめた。
それは、道路の真ん中だった。
リゼは気づかず地図を手に取る。
多少濡れてしまったが見る分には問題ない。
それが分かると再び安堵した。
その時。
「嬢ちゃん、危ないぞ!」
道路の脇から老人に声をかけられた。
そこでようやく、リゼは自分の状況に気が付く。
早く退いた方が良さそうだ。
そう思い踵を返そうとした──瞬間。
『 ダ メ だ よ 』
雑音にも似たノイズが、リゼの鼓膜を揺らした。
足元の水溜りが小さく跳ねる。
(え?)
……なに?
そう思考する前に事は起こった。
「危ない!?」
悲痛な声が辺りに響く。
と同時に、タイヤが地面を擦る音が空気を裂いて。
リゼの眼前には一台の車が迫っていた。
彼女の足は止まっていたのだ。
誰もが助からないと思った。
勿論、彼女自身も。終わったと思った───が。
衝突の瞬間、リゼの眼下で何かが光を放った。
淡く、優しいその光に誘われるようにリゼは目を見開く。
それは一瞬だった。
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