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「お前な。それとこれとは話が別だろ。わざわざ俺の上に座らんでも、お前が動かずにその辺に座っていれば問題はない訳だし、それに、この状態じゃ何かあった時に反応が遅れるんだが?」
男は馬車の揺れによって少しずつ自身から離れていた長剣を引き寄せ、少女に見せるように振る。
「それなら、あたしを退ければいいじゃない」
少女は男の膝をぱしぱしと遊び叩きながら言うと、頭の上にある男の顔を見上げ、にぃっと笑った。
「む……」
男は唸り、更にそのしかめっ面を深めた。少女から視線を逸らし、不機嫌そうに口をつぐむ。
「ふふん。出来ないでしょ。非常時以外は勝手にあたしに触らない約束だもんねー」
ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべ、少女は足を投げ出して全体重を男に預けた。
「あたしは別にいいんだよ? その代わり今日のデザートは無しになるけど。ね、ライズ?」
「……ルーミィ、頼むから少し黙ってろ」
男は心底うんざりしたように言うと、長剣を置いて目を閉じた。
「あ、ちょっとライズ」
「俺は少し寝る。町に着くか、何かあったら起こ……ん?」
が。
「わわっ」
言い終わる前に男は目を開け、倒れそうになる身体と、少女を支える事となった。急に、馬車が止まってしまったからである。
「あ、ありがと」
「ルーミィ、ちょっと離れてろ」
「……わかった」
少女が離れると、男は長剣を手にして立ち上がった。同時、幌が開けられ馬車隊の護衛を勤めていた一人が顔を覗かせる。
「どうした?」
「申し訳ありません。この先、川が氾濫していまして。先頭からの話では、橋が落ち流れてしまっているとの事でしたので」
申し訳なさそうに報告する護衛に、男は眉根を寄せた。
「落ちた? あの竜神橋がか?」
竜神橋。今馬車隊が向かっている町まで川を跨いで掛かる、この近辺では唯一の石橋である。竜神という名前が付いているのは、橋の掛かる川に棲むと伝わる水を司る神、竜神の名を借りて加護を受けた為だ。
「アレは氾濫くらいでは落ちないはずだぞ?」
「はぁ……ですが、実際に……」
聞いて、男は少し考えこんだ。少女が心配そうに声をかける。
「ライズ……?」
「ルーミィ、隠れとけ」
「う、うん」
少女は頷き、荷物置き場の裏へと潜り込んだ。男はそれを確認後、護衛へと向き直る。
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