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「ふん、だ。いいもん。今日のライズのご飯はデザート抜きに――わわっ!?」
と、少女が腕を組み、得意気に言おうとした時だった。馬車が道端の石でも踏んだのだろう。がくん、と車体が傾いだ。その衝撃自体は大した物ではなく、すぐに何事も無かったかのように、今までと同じ軋みや揺れに戻ったが、立っていた少女はそうも行かなかった。
「――えっ?」
少女が体勢を立て直そうと、大きくたたらを踏む。が、その方向が良く無かった。外に出ても良いという許可さえおりれば、いつでも出れるように馬車の後部、幌を開けられる場所にいた事も災いし、少女の身体はその勢いのまま、馬車の外に投げ出されそうになる。
「む……!」
そこから、男は速かった。
自分も急な馬車の揺れを体験し、更には胡座をかいていたにも関わらず、少女がたたらを踏み初めた瞬間には、左膝を付くような体勢で、腕を伸ばしていた。
しかし、それでも届かないと判断したのか、そのまま右足を大きく踏み出し距離を稼ぐ。男自身も、後部に座っていた事が幸いし、足を踏み外した少女の身体半分が、馬車の外に出た所で腕が届く。すぐに袖を掴んで引き戻した。そして、抱き抱えるようにして、安全な馬車の中心部へと移動する。
その間、僅かコンマ数秒。もし、この馬車に他に乗客がいて、今の一連の出来事を見ていたとしたら、馬車から投げ出されそうになった少女が、いつの間にか男に抱き抱えられ、安全な場所へと移動したように見えただろう。
「……ふぅ」
男は安堵のため息を吐き、抱き抱えた呆気に取られたような表情をしている少女の目を見た。
「で、何か言うことは? ルーミィ・ロディア・フェンリルお嬢様?」
あえて正式名を呼んだ男に、少女はつい今しがた感じた命の危機からの生還にようやく気付く。
「……ごめんなさい」
男は無言で、目に見えて意気消沈した少女を降ろし、一瞬とはいえ豪雨で濡れた少女の身体を布で拭いていく。みるみるうちに少女の濡れた身体は元通りになる。
「……えっと、ライズ?」
無言のままの男に、少女は恐る恐ると声をかける。
「あの……助けてくれてありが――」
「デザート抜きは、これで勘弁して貰えるか?」
「――とう……え?」
予想だにしなかった言葉に、先ほどとは違う意味で呆気に取られた少女は、思わず男を見た。
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