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あれは、物心がついた頃の初夏だった。
その日の気温は今年最大の暑さになると天気予報で報じられていた。なのに、境内の気温はその予報が虚偽なのだと直感せざるを得ないくら冷ややかで――冷酷な現実を帯びていた。
滴り落ちる汗を気にもせず見つめるその先、そこには大木に打ち付けられた一体のわら人形が取り残されているのだ。
さらに釘に打ち付けられたそれには住所と呪おうとする人の名前が書いた布が括られていた。それで呪いが確実に行くものなのかは正直分からずじまいだ。
そのわら人形は、まるで一人ぼっちになってしまった寂しさと胸に打ち付けられた五寸釘が苦痛を物語っており、頭部が斜め下へと傾いている様子が大木の下にいる自分へと訴えかけてきているようで、貴船樹は思わず胸の中心に手を当てた。
まるでわら人形の悲痛が自分自身と直結してしまったかのようで、何処か悲しさがこみ上げてきた。
「ああ、見てしまったか」
後ろから聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
振り返ると、そこにいたのはこの神社の神主でもあり、樹の祖父でもある貴船仁一郎がいた。脚立と釘抜きを持ってこちらを眺めていた。手に持っている道具を見る限りでは、このわら人形を抜こうとしていた矢先、自分に見られてしまったと所だろう。現に祖父の表情からは遅かったと言う声が聞こえそうなぐらいに見て取れた。
「それはお前が見るものじゃない。樹は下がっとけ」
そんな事は幼い樹にも把握できた。
分かっている、これは子どもが触れてはならないよくないものであると。
理解できたからこそ、樹は何も言わずに一歩後ろへと下がり道を開けた。
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