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その椅子も平の社員の一年分程の給与の価格もする高級品である。歳はアーロンとさほど離れてはいないが、老いという物を感じさせない女性だ、鮮やかな赤毛をした清楚なドレスを身に着けた柔和な印象を受ける美女である。アーロンの妻でありヒルエッタという名前だ、先ほどからアーロンとサーバインのやりとりを静かに見守っていた。
サーバインは父親との仕事の話に巻き込みたくなかったが、ヒルエッタとて自身を心配して付き添ってくれているのだ、それをわかっているゆえに歯がゆいのであるが。
アーロンは無言で威圧感を放っている、サーバインが息子であったとしても仕事の話をするときは容赦という物がない。サーバインは内心で冷や汗をかきながら、ただ父親であるアーロンの言葉を待った。
「そのくだらない報告をするために来たのか?」
厳かにアーロンは言い放つ。その目は見下しと咎めを含めたような、冷たい眼差しである。
アーロンは不始末に対して激昂する類の人間ではない、ただしそれは優しさや気遣いの保障する物ではない。冷たい言葉を鋭く投げかけ、使えぬ者は早々と見切りをつける。それがアーロンの会社に属する部下に対するスタンスである。
「あの辺りは工房を持つのに適した一等地だ。その土地をなぜ買収できない」
「設立計画に買い上げるブロックには孤児院が存在します。取り上げるのはあまりに子供たちに酷かと存じますが」
サーバインは首をたれている、無駄とわかってはいるがそれでも言わずにはいられなかった。
「移転先は用意している」
「あの界隈はスラムです。いい環境とは決していえませんので、社長の意見には賛成しかねます」
「移転先がスラムだからといってどうしたというのだ? くだらないヒューマニズムを振りかざしたいのか、そもそも貴様の意見など聞いてはいない」
アーロンの調子は変わらない、あくまで冷酷なのだ。
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