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緑の中心に伸びた石造りの道を、一台の馬車が走っていた。平坦な道のりではなく、所々道の石床がはがれ欠けている、そのため決して馬車の乗り心地は良くはない。ここはウェンディ郊外の、農村地帯である。馬車が目指しているのはパドックだ、真っ直ぐ北に小さく映る黄土色の屋根をした建物だ、その隣に広く柵が馬たちを囲っている。
大きな白亜の雲が浮かび、まぶしい日差しが降り注ぎ、放し飼いにされた牛などが、生き生きとした緑の中を闊歩するのどかな光景である。
馬車の中ではアーロン、そしてサーバインとテンペストの重役二名が揺られていた。特に会話もなく淡々とした空気が流れていた。アーロンを前にすると誰もが口数を減らす、実子のサーバインも例外ではなかった。アーロンは仕事以外の話をするのを、まるで無駄と思っている、そのような雰囲気を持ち合わせているためだ。
赤銅色のレンガで重ねて作られた壁の中心の入り口を馬車はくぐる、やがて目的の馬舎につくと、重役、サーバイン、アーロンの順番で馬車を下りた。
「やあ、アーロンさん! トライアローはさっき軽く芝生を流したところですよ」
と、気さくな調子で現れたのは中年の調教師である。
「会えるか?」
「ああ、大丈夫です」
と調教師は酒焼けした顔に笑みを浮かべてアーロン達を案内した。
馬舎には何頭もの馬がひしめいた、その奥にある一番広いスペースがとられた柵の一角にその馬、トライアローは横になっていた。
アーロンと調教師が柵の前に立つと、トライアローは立ち上り、柵越しに鼻をなすりつけてきた。
栗毛の牡馬である、まだ二歳であるが貫禄すら感じるたたずまいの馬であった。
アーロンは柵から突き出た鼻を撫でると、満足そうな表情を浮かべる。トライアローの活躍が唯一といっていい娯楽であった。中央の良血馬の牝馬の子を競り落としたのはアーロン自らである、トライアローと名付け、競走馬として登録を行ったのもアーロン自身だ。
決して安い買い物ではなかったが、アーロンはとても満足していた。男はいくら成功してもロマンというものを捨てられないのだ。
満足そうにトライアローを見つめる、たくましい胸筋に引き締まった足筋と太い首、瞬発力に長け、立ち上がりの足も良く、また気性も負けず嫌いと勝負強い根性を持った良馬だ。
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