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新馬戦では二着の馬に三身半突き放してデビューを勝利で飾っている、それから地方のレースに五戦出場し、三勝を勝ちとっていた。星が取れなくても、いずれも三着に収まるという好成績で人気を集めている。いずれ中央にも参戦できるのではないかというほどの競走馬であった。
「お前の活躍だけが楽しみだ」
愛おしそうな表情でアーロンは呟く。思うとおりに成果を出さない社員と息子、苛立ちの種は尽きないが、トライアローは俗事を忘れさせてくれるではないか――この馬舎にアーロンは毎日足を運んでいた。一日に一度は持ち馬に合わなければ気が済まないのだ。
それから次に出馬するレースの打ち合わせをする、参戦するライバル馬や距離やコースそれらを調教師に確認してから、ねぎらいの言葉をかけて立ち去ろうとした。
馬車は門の手前に停められていた、サーバインと重役を引き連れ、馬車に乗り込もうとする、見送りをするため調教師も続いていた。すると声をかけてくる者がいた。
「あの! お花入りませんか?」
声の正体は杖をついた少女であった。ふわふわした赤い巻き毛の十才くらいの可愛らしい少女だ。花の一杯つまったバケットを手にしてアーロン一向に子供独特の明るい笑顔を浮かべている。
「なんだ、その子供は?」
アーロンは冷やかな視線を少女に投げる。
「パウナ! その人はとっても偉い人なんだ、失礼になるから話かけちゃいけない。いや~すみませんね、アーロンさん」
慌てて調教師が割って入る。そして、アーロンに頭を下げてパウナを庇う。
「何故、その子がうろついている?」
「いや~この娘はパウナって言うんですが、両親が亡くなって村ぐるみで面倒見てるんでさあ」
それを聞いてアーロンはつまらなさそうに鼻を鳴らす。そして懐に手を入れるとパウナに歩み寄っていく。
「花をくれ」
と、アーロンはパウナに銅貨を一枚握らせた。サーバインと重役達はその行為に我が目を疑った、とてもではないが冷酷なアーロンが人に優しさを示すということが意外であったからだ。
「ありがとう、おじさま。おじさまってとっても素敵な方なんですね」
パウナは嬉しそうに花を束ねる。そして笑みを浮かべて花束をアーロンに差し出した。
「この花は君が育てたのか?」
「はい! 農家のおばさまに教わって育てたんです! おじさまに買われて花達も喜んでます!」
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