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狂歌は、そんな客人達の中でも特別だ。
服装やメイクで差別したりせず、珈琲一杯だけで長居しても厭な顔一つ見せずに接客してくれた前マスター…レイの父親のファンであり、名前がNoirに変わる前からの常連客。確かに、初めてみた時も今日と同じ様な服装だった。
ボーダーのセーター、インナーのTシャツは所々破いてあって、ピンヒールのエナメルブーツに黒いミニスカート、短い黒髪。
レイがぼんやりと回想に耽りながら煙草をふかしていると、シャツの袖を引っ張られる。
『……レイくんったら何見てんの~?とうとうアタシに惚れた!?』
『いや~、狂歌さんってシワないなぁって思ってさ。幾つだっけ?』
『え~……秘密よぉ。女の子に年は聞いちゃダメ!!』
女の子と自称できる歳か!?とツッコミたい気持ちを口の中で噛み潰して、短くなった数本目の煙草の火を消した。
壁際に立てられた柱時計は夜9時を指そうとしている。
『じゃあ女の子はそろそろお帰り下さいな。春の陽気に誘われた変質者が出ないうちに…』
狂歌のカップを下げてカウンター内の流しに置き、相手を出入り口のドアまで送る。
『じゃあお会計…』
『いいよ、毎度毎度多くくれるのに。』
『あはは、それもそうか』
笑いながら狂歌は去っていった。レイは見送り、看板を中に入れてから気付いた。ちゃっかりカウンターに千円札が残されていた。
彼女は何時も、\600のカプチーノを注文して千円札を置いて帰る。店としては助かるのだが…
『………しゃあねぇか…』
レイは考えることを止めて、カップとソーサーを洗うと店の照明を落とし黒い前掛けをはずすと、厳重に鍵をかけて自室に籠もった。
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