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声の主は異国の紳士のような風貌だった。
背の高いシルクハットを被り、その下の黒い髪は襟足の長いウルフカットに似て、鋭い瞳は紫色のカラーコンタクトがはまっている。
白いドレスシャツには銀古美の十字架が着いた黒いネクタイを巻き、ベストとジャケットが一体化した燕尾のスーツに足下は底がやや厚く見える革靴。日本の地方都市でそうそうお目に掛かれない格好の男。
『その手、放してやってくんない?』
やや低めの掠れたアルトヴォイスは男を捕らえた。
しぶしぶ、だが名残惜しそうに彼女を見つめている男…其れを余所に彼女の長い髪を一筋掬っては口付ける紳士風の男。二人の間に入り込めない事をようやく悟り、その場を立ち去ろうとするが…往生際が悪い。
『せめて…名前と携帯教えて!』
男を置いてどこかへ立ち去ろうとする長身黒ずくめの二人は既に周囲から色々な視線を浴びている。其れも気に留めず話し込んでいたが、声を掛けられれば振り向かない訳にはいかない。
彼女は、男の問い掛けにはにかんだ薄笑みを浮かべながら『携帯は持っていないの』と。
『名前は…東堂ミツルです』
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