春の眠り

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 穏やかな春の日。 「今日はとても気分いいな。散歩でも行くか」  老人は心臓を患っていたため、気分が不安定であった。  3年前に妻を送ってから独り暮らし。  自分の体調以外は生活に困る事はなかった。  いやいや、体調が良くないのは非常に困る事だが……。  杖を持ち、近くの公園までゆっくり歩き出す。 「こんにちはー」 「はい、こんにちは」  行き交う人々とにこやかに挨拶する。  公園の木の下にあるベンチに腰掛けると、首を反らし空を見上げた。 「さえ(妻)、今日は暖かい日だな。ワシもな、とても気分がいいんだ」  老人は、木の隙間からこぼれる太陽の光に向かって呟くと、視線を下に戻す。  桜の花びらで遊ぶ母親と幼子。  遊具ではしゃぐ子供達。  若いカップルがイチャつくのはちょっと許せん! 他へ行け!  ふたりの様子を見ながら、老人は過去の浮気相手の女性の顔が浮かんだ。 「ふっ……、やっぱり彼女だけは忘れる事が出来ないな……。さえ(妻)……、許せよ」  老人は苦笑いすると、たまたま通りかかった少年に「何がおかしいんだよ、じいさん」と睨まれた。 「いや、君達には関係ないよ。ちょっと思い出し笑いだ。じいさんを苛めんでくれな」 「チッ、紛らわしい事すんじゃねーよ」  少年達は去って行った。  老人の脳裏に少年時代にカツアゲしてた愚かな自分の姿が甦る。  暖かい風。  雲ひとつない青空。  木々の囁き。  散る花びら達。  大人達の雑談。  子供達の元気な笑い声……。  老人はそんな風景を、目を閉じ、耳で感じていた。 「ワシは誰かを幸せにしてやれていたんだろうか……」
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