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そして広間の前に着き、少しだけ襖を開けて中を覗く。
そこにはやはり山南が立っていた。
手には何かを持っている。
『何してるんだろ?』
千鶴は不思議に思いながらも、息を殺して中を見る。
しかし
「まさか君に見付かるとは」
山南がこちらへ振り向いた。
「!!」
「そこにいるのは分かっていますよ。雪村君」
もはや隠れようとも無駄だと分かった千鶴は、襖を開けて中へ入った。
「こんばんは、雪村君」
「山南さん……」
今の山南は、怪我をする前とおなじような優しい笑みを浮かべている。
それは嬉しくもあるが、逆に少し不気味だ。
「どうしたんですか?こんな時間に」
「それは君もでしょう」
「私は、山南さんがここへ向かっているのが見えて……」
たどたどしく返事をする千鶴を山南は、変わらない笑みで見ている。
そして、再び千鶴に背を向けて広間を見渡す。
「ここで、近藤さんと土方君と三人でよく話し合いをしたものです」
「?」
ふいに懐かしむような声で山南は語り始めた。
「新選組という名前を会津藩から頂く前から……ずっと……私はあの二人と一緒に、新選組の事について話してきました」
「……」
「けれど、今の私は……刀も振るえない。知識さえも伊藤さんに劣る……」
山南の声が震える。
「ここに"今の"私の場所はもはや……無い」
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