氷の街

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 アルマス家の世継ぎとなる男は18、女は16になるまで人目に触れない様に育てられる。それぞれ定められた年齢に達した時、初めて人々の前に現れるのだ。その為、ノエルは家族と召使いと以外の人間と話した事が無かった。 「外の事を教えてくれる猫さんなら、私はいつでも歓迎するわ」  ノエルもそう言って笑った。盗みに入った事を黙る代わりに街の事を教えて欲しい、そう持ちかけたのはノエルだった。今考えれば、街の事以上に友達が欲しかったのだろう。  その時、上から時を知らせる鐘の音が降ってきた。教会の最上階は街に時を報せる時計台となっているのだ。鐘の音を聞き、女は身を固くする。ノエルが異変に気付き、声をかける前に女が口を開いた。 「ごめん、僕もう行かなきゃ。 ちゃんといい子にするんだよ」  それだけ言うと女は駆け出し、闇の中に消えた。ノエルは呆然と、女が消えた先を見つめるしかなかった── ***  ノエルが重い扉を開き、礼拝堂に現れると人々は海が割れる様に道を開けた。その先は2つの階段だ。人々の間を進み、視線を浴びながら左の階段を登る。  2階に登ると正面の装飾された扉の先の螺旋階段をまた登る。多くの人が居るのにも関わらず、辺りは静まり返っていた。聞こえる音と言えば、階段を登る音とノエル自身の息だけだ。  三階へと上がると、そこにはいつもノエルの世話をしてくれた三人の召使いが居た。その内の1人が差し出す盆には白銀に輝く、美しい腕輪が置かれている。ノエルは繊細な細工が施されている腕輪を受け取り、左腕に嵌めた。  それは、つい昨日までノエルの母親が付けていたものだ。勿論、ただの腕輪ではない。 (巫女の証……降神の腕輪、ね)  アルマス家の女が神を降ろす時に補助とする腕輪だ。16の少女の細腕には余りにも重く、そして、心にのしかかった。  ノエルが今からしようとする事は、一族とガラントの民を捨てることなのだから──
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