氷の街

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***  ノエルはあの時から3年間閉ざされていた扉を、ゆっくりと開けた。忌まわしい記憶が色鮮やかに蘇ってくる。  あの時、あの人はなんと言ったのだろうか。今となっては知る術も無く、女の口から溢れ出る血を見て気絶した自身を恨んだ。兄もバレない様に運ぶのに精一杯だった様で、最後まで見ていなかったらしい。  分かっているのはその翌日に嵐が止んだ事、そしてあの女が犠牲となった事だけだ。  息を吐き、意を決して階段を登る。3年間ずっとあの蒼い剣の力、つまり神の力を使って逃亡することばかり考えていたのだから。1人で逃げるには家族や召使い、街の門番などの越えられない壁が多かったのだ。  階段の先には、あの祭壇の部屋があった。そこにはやはり見知らぬ5人と、白い巫女服姿で蒼い剣を持つ母、白いローブ姿で蒼い杖を持つ叔父が居た。  ノエルは5人の見知らぬ人、ギャラリーは毎回ランダムに選ばれると聞いていた。その通り、あの時と同じ人は居ない。  耳が痛くなりそうな沈黙の中、ノエルは母から剣を受け取った。すると、叔父が何か唱え始め、母は後ろに下がる。 (私は……全て捨ててまで逃げるの?)  ノエルは祭壇に向かい、上に置かれた蒼い杯に左手をかざした。 (ガラントを捨てて、どうするの? お姉様1人の為に全て捨ててしまうの?)  剣で手の甲を切って血を杯に入れれば儀式は終わり、ノエルは神の人形になるだろう。 (ガラントの民も、神も……?)  彼女は剣を手の甲にあてがう。揺れる心のまま剣を引こうとするノエルの心に、あの時の「彼女」の声が響いた。 《ごめんね、ノエル》  ノエルの手が止まる。皆の訝しげな顔が見えた。 「違う。 人から人を奪う様な奴は」  少女は剣を素早く両手に持ち替え── 「神なんかじゃ、ない!」 ──怒りのままに、杯めがけて振り下ろした。
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