きおくノート

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きおくノート

 午後の空には南から白波のような入道雲がじわじわと迫っていた。さっきまで響いていた蝉の声も、低空飛行で帰隊するF-26Jのエンジン音に掻き消されてしまった。  翼に取り付けてあったミサイルが無くなっている。    私は迷彩色のトラックの後部に乗りながら空を見上げていた。国連軍の多弾頭弾道ミサイルで打ち抜かれたコンクリートの破片が道路にまで巻き散らかり、何度もトラックの後部が跳ね上がった。手に持っていた小銃がガシャりと音を立てる。  トラックはまるで入道雲から逃げるように速度を上げながら北へと進んでいた。 「宇都宮も近い内に陥落する」  通り過ぎる廃墟となった街並みに視線を送りながら、隣の男が鉄帽を目深に被り直し言った。  私はその男の言葉を聞き流しながら、色褪せたノートを強く握りしめた。懐かしさと一緒に涙が溢れそうだった。  表紙には「きろく」と平仮名で書かれた文字の「ろ」の部分をマジックで塗りつぶし、その上に「お」と振り直された大学ノート。今は色褪せて「き」も「お」も薄れてしまっているけれど、私は今でも覚えてる。    そうあれは、まだ東京が国連軍に占領される前の……  まだ、何もかもが始まる前の……  中学生だった頃の懐かしい記憶。
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