第11章 劣情ロマンチカ

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 だが、東京タワーの周辺で何日もやってみたが目撃したという人はさっぱり見つからない。もうあきらめかけて、これで最後にしようと思って、俺は車道脇に停まっている黒いバイクの上の女の人に声をかけてみた。この蒸し暑いのに真っ黒なライダースーツに全身を包み、猫耳みたいにとんがった出っ張りのある黒いフルフェイスのヘルメットをかぶっていて顔は見えない。バイク便かなんかやっている人なんだろうか?  その女性は俺から渡された写真を数秒見つめ、やおらライダースーツの懐から掌サイズのタブレットPCみたいな物を取り出してキーを素早く打ち、無言で俺のその画面を向けた。ひょっとして口がきけない人なのか。その画面をのぞきこんだ俺は、次の瞬間飛び上がった。そこにはこういう文章が表示されていたからだ。 「ある。わたしの家の近くでよく見かける」  俺は心臓が早鐘のようになるのを感じながら、できるだけ抑えた口調で質問を続けた。 「そ、それで、その場所はどこなんですか?」  その女の人はまた素早くキーを操作し画面を俺に向けた。 「池袋。サンシャイン60の近くで何度も見かけた」 「あ、ありがとうございました!」  俺が大声でお礼を言って頭を下げると、その女の人は「いいのよ」という感じで手を振って、バイクを発進させた。頭を上げた俺は思わず「危ない!」と叫んだ。半分こっちを向いているその女の人の前に木の枝が垂れ下がっていたからだ。予想通り、その女の人は枝に頭をぶつけてヘルメットが落ちて俺の足元に転がってきた。
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