第13章 1B64

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 既に柵を乗り越えている二尉が急ぐようにと声をかけてきたので、俺と麻耶もあわてて柵を越え、非常階段に降り立った。それから桂木二尉を先頭に一列になって狭い非常階段を下りてゆく。俺の後ろから麻耶がまだブツブツ言う声が聞こえてきた。 「何年か前の……ベストセラー小説の……冒頭の……」  ビル三階分ぐらいの高さの非常階段を降り切る直前の、あと一段で地面という所にそれはあった。ちょうど人間一人が通れる大きさの丸い空間。確かに穴と表現したくなる。水に潜って水面を通して地上を見た時のように、向こう側の風景がグニャグニャと歪んで見える。  まず桂木二尉がその時空間の穴に体を突っ込む。すると、二尉の姿は穴の向こう側には現れず宙に消えた。確かにこの穴は別の時空に通じているらしい。二尉の姿は一旦完全に消えて、それから右腕の先だけがこちら側に突き出てきて指でオーケーのサインを見せ、そして俺たちを手招きした。  ラミエル、サチエル、ユミエル、俺、そして麻耶の順に、俺たちはその時空間の穴を通りぬけた。地面に足をつけようとしたら、階段を一段踏み外したような姿勢になって転びそうになった。先に向こう側に着いていたラミエルが俺の腕をつかんで支えてくれた。  後ろを振り返ると、それは小さなお堂の扉だった。もとはお寺だったのだろうが、建物はボロボロになっていて人がいる気配はない。そこはあちら側の、俺たちがやって来た地球と同じく夏の初めだった。どうやら季節とかの時間はシンクロしている世界のようだ。そこは林の傍だったが、かすかに波の音と潮風の匂いがしてきた。
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