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「ああ、もう!誰もかれもだらしないわね!」
そう苛立って叫んだ麻耶が今度は前に出た。
「あたしが行くわ」
手には昨夜の木刀を握っている。俺は思わず止めようとした。
「馬鹿、よせ、麻耶。そんな木刀でどうこう出来る相手じゃない」
「大丈夫よ。免許皆伝の腕前なんだから」
「だから!30分で免許皆伝なんて剣術……」
麻耶は俺の言葉には取り合わず、あの女伯爵とメイドの方へ迷うことなくスタスタと歩いて行く。その自信に満ちた顔を見て俺は思い直した。いや、もしかしたら麻耶ならあり得ないとは言えないかもしれないな。戦闘や軍事に関してはあいつ一種の天才だからな。
麻耶は相手の近くまで行くと、体の右側を前に出す態勢で斜めに構え、両足を開いてそのまま深く腰を落とした。剣道で言う右半身の構えというやつだ。左手で木刀を腰にさした時の状態で持ち、右手をゆっくりと体の前から回しながら木刀の柄に向けて動かす。
「居合抜きの構えか?」
それを見ていた俺が思わずつぶやくと、横から桂木二尉が補足した。
「と言うより、抜刀術という物みたいね」
「奥義、発動!」
麻耶が重々しい口調でつぶやき、木刀の柄に右手をかけた。そして木刀を目にも止まらぬ速さで腰から抜きながら叫んだ。
「天翔(あまか)ける!」
いや、本当に木刀が消えてしまったかと思えるほどのすさまじい速さだ。麻耶の右腕もぼんやり霞んで見える。それほどのスピードだ。だが、相手はそれをとっくに読んでいた。メイドはあの女伯爵を軽々とお姫様だっこの形で抱え上げてまた宙に飛び上がる。その脚の下で麻耶の木刀がむなしく空を切る。
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