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まだ夕方だと言うのに辺りが静かだった。
まるでこの世界に僕しかいないような錯覚に陥る程、人の気配など微塵も感じなかった。
まぁ少しきつい上り坂だからなんだろうけど。
そういえば坂の僕の途中にある僕の家を真っ直ぐ進むと公園があったっけ。
春になると桜が満開で、よくお母さんが連れてってくれた。
何故かチョコレートの甘い香りがいつも漂ってて、桜の香りと混ざりあった匂いは本当に好きだ。
何でそんな香りがするのか、お母さんに聞こうと思ってたけど結局聞けずじまい何だよなぁ。
懐かしい思い出を掘り返しながら、やっと我が家に着く。
これからまたこんな厳しい坂を昇ると考えると気が滅入ってしまいそうだ。
体力に自信のない僕は果たして生きて学生生活を送れるのかな。
なんて我ながら馬鹿な事を考える。
早く鞄を置いて横になりたい…。
そう考えて僕は扉を開いた。
――やけに静かな室内。
"おかえり、おやつあるわよ"
そんなお母さんの声が脳内で再生された。
そうだ、そうだよ。
お母さんは居ないんじゃないか。
別に忘れてた訳じゃない。
「はぁ…」
僕はそのままリビングへと直行し、鞄をソファに投げて自分の身も預けた。
着替えるのは怠いからしたくない。
二階に自分の部屋はあるけれどいつ体調不良を起こすか解らない為に、お母さんの生前も全く使っていなかった。
僕の生活空間はリビングだけだ。
リビングと言っても生活感は殆どないんだけど。
改めて室内を見回してみる。
「ん…?」
テーブルの上に何やら紙切れが置いてあった。
「今夜は仕事で遅くなる。
晩飯は出前をとってください。…か。」
父さんの字だから父さんが置いていったんだろうな。
仕事で遅くなるとかいつもの事じゃん。
何を今さら。
「はぁ…」
父さんの書き置きを見て疲れが倍増した気がして、再びソファへと身を投げ出した。
途端に睡魔に襲われて、僕の意識は闇の中へと沈んでいった。
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