真夏のトマトジュース。

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濃い闇が、その学校を包んでいた。 家々の群れにはまだ眠れぬ夜の住人たちによって灯りのともされたものがぽつぽつと点在し、繁華街に目を向ければ夢に囚われたかのようなネオンの極彩色が躍る。 時を忘れて稼働する工場はテーマパークのように輝き、真っ暗な田畑では作物が静かに成長する。 なんの変哲もない、普通の街。名を楓水(ふうみ)市という。 その北の一角に構えられた、五十年以上の時が刻まれた学び舎、玄武高校。 白一色の外観の校舎は今は夜の闇に沈み、眠りについている。 それが、街に暮らす者たちが知る“普通の”状態、だが……。 丑三つ時の三階立ての北側校舎の屋上に、一つの人影があった。 頼りなく細い手摺りに危なげなく腰掛け、すらりとのびた足を気まぐれにぷらぷらと揺らすのは――十代半ばと見える、可憐な少女。ふん、ふん……と、ちいさくハミングしている。 日本人的だがハーフのようにどこか西洋の香りを感じさせる、整った顔立ち。雪のように白い肌に、幼い顔には不釣り合いな妖艶さを醸しだす真っ赤な唇、それと魔的な輝きを秘めた深紅の瞳が映えている。 長いまつげに縁取られた目は猫のように大きく生き生きとしており、勝ち気そうな眉と相まって、華奢なからだつきにもかかわらず活発な印象を見る者に与える。 その格好は学生服らしき、白いシャツに夏用のベスト、ふんわりとした赤いリボン、赤チェックのスカートというもの。 ただそのほっそりとした首には、明らかに校則違反のちいさな黒水晶のついた細いチョーカーが見て取れる。それにそもそも、彼女が身につけているのは玄武高校の女生徒の制服――セーラー服ではない。
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