鬼と柊

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何故だかは分からなかったが、あの光に連れ込まれたら『オシマイ』だなと、私は怯えた。 しかし引きずられ続ける私の両足は既に膝まで窓のさんにかかってしまっていた。 叫びたくても金縛りのように固まった体は声も出せず涙だけが溢れる。 その時ふと 『あの女は顔を見られるのを嫌がってるのではないか?』 と頭に浮かんだ。 私に顔を見せぬそぶりからかそれとも、感覚的なものか 今思い返してもよく分からない。 思い至るや否や、私は体をねじり上手く動かない手を本を読むのに使っていたスタンドライトに伸ばした。 タッチライト式のそのスタンドに指先が触れる。 窓の光とは違うそのライトの明るさがパァッと広がった瞬間、今までが嘘のようにクンッっと素早く手が延びる。 それに勇気づけられて、手を伸ばしスタンドの首を握りしめると、煌々と明るいその光でこちらを振り向いた女の顔に真っ直ぐ照らした。 きゃああああぁあん…! 音を着けるならそのように女は叫んだと思う。両手で顔を覆い女が床に倒れ込む瞬間、まるでシャボン玉が壊れるように弾けて消えた バッっと空間ごと空気が入れ替わったような感覚があって、はっと辺りを見回す。 私は布団の真ん中で足をクローゼットに向けてぼうっと座り込んでいた。 顔に涙の跡もなく、布団も乱れた様子もなく 夢か…… そう思いたかったが、煌々と光を放つ、握りしめたスタンドが『夢じゃない』と告げていた。 鬼が入らないように、鬼門には柊を。 鬼が逃げ出さないようにと、裏鬼門には柊を。 でも、あの柊は鬼避けにはならないわね…と母は言った 2階の窓から見える柊の木は、私が中学生を過ぎたあたりから突然真っ白な花を咲かせるようになった。 トゲだらけの葉はゆっくりと上から、椿のような丸い葉に変わってしまった。 辺り一面漂うような甘い香りを放つ、それはどう見ても銀木犀であった。 銀木犀と柊は混雑して雑種になることがあるそうだ。恐らくあの柊は雑種だったのだろう。 だからまぁ……気候なり成長なりで柊から銀木犀になってしまったのだろう。 柊のトゲは鬼の目を刺す。 鬼は トゲを失った柊を抜け道に逃げ出そうとしたのかもしれない。獲物を抱えて。 あるいは…… 今年も柊だった銀木犀は真っ白な花を咲かせた。 その根元の二枝だけが未だ、トゲだらけの柊の葉を着ける。 これももうすぐ無くなるだろう。
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