509人が本棚に入れています
本棚に追加
冬の夜に少女と出会うこと
大学時代の話
アルバイトを終えて、真っ暗な道を歩く。近くを通る電車がゴオォ…ンンっと鳴った。
一刻も早く家に帰りたくて、私は足を速めた。
と、小さなアパートの前に小さな影が見えた。肩口を少し過ぎた髪、青に花柄のパジャマの少女
ははぁ、さてはイタズラが過ぎて放り出されたな?
自分でも経験のある事柄を当てはめ、合点する。時間は8時半。十分有り得る話だろう。
話し掛けられても厄介だし、話し掛けるのも億劫だ。私はさらに歩を速め少女の前を通りすぎた。
と、通りすぎた辺りで頭の中で疑念がチクリと音を鳴らす。
季節は冬。100円ショップで買ったマフラーが寒さに結露する夜。
あの少女
リネンの半袖では無かっただろうか?
ピシリ、ピシリと空気に亀裂が入り、ギリリ、ギリリと頭を締め付けるような鈍い感覚。気づかなきゃ良かった、と思わず頭を振る。
『ねぇ…』
物理的な寒さではない、空虚で重い寒さが背後でぐねぐねとうねる感覚。
『見えてるんでしょう?』
少女の、やはり物理的なものではない声が、耳のやや後ろから差し込まれるように頭に響く。
『ねぇ、ねぇ…見えてるんでしょう…??』
死者というものはただそこに居るだけの場合が多い。しかしこの少女は自分が死者であることに気づいた上で、こちらに干渉してきている。
タチが、悪い。
私は無視を、否
【見えてない体】
を必死に装った。
足の歩調、携帯をなぶる手、目線ひとつ、ただのひとつボロが出ても、私が見えてると気付かれる切っ掛けに成る。
『ねぇ』
知らない知らない知らない知らない知らない
『ねぇ、貴方よ』
頭の中一杯、この言葉で埋め尽くして、ただただ歩く。
何メートル歩いただろうか。絡み付くような寒さがほどけるように後退する
『…見エてると 思 ッたの にィ …』
甘え乞うような少女の声が、気配が離れるのにつれてスロー再生されたかのように鈍くずれて曇って遠退いた。
ホッっと息を吐く。
しかし足は止めず一目散に、振り返らずに歩き続けた。
古来、妖怪やモノノケに追われたら、振り向いたらいけないという。
また、目を見てはイケナイとも。
【眼は、脳と直接繋がっているから。眼があったら入られちゃうよ】
そう言ったのは誰だったか、何だったか。
何にせよ、振り返らずに家まで帰りさえすればいい。昔話の妖怪の、百目の小豆研ぎも送り狼でさえ、家までしのげば降りきれるのだ。
名もない亡者など
言わずもがな、であろう。
最初のコメントを投稿しよう!