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神の庭
父親から聞いた話である。
山で測量の仕事をしていた時のこと、迷ったのだという。
いつもなら、太陽の位置や他の山々の位置をみて進めば迷うことなどなかったというのに、何を辿っても降りられなくなったのだそうだ。
さて、どうするか
尾根を登り高い場所から定めてみるか
父親はそう判断をつけて山を上った。
と、い並ぶ檜の林の先が明るい。
「庭があったんだ」
ハリウッドのパニックホラーが好きなくせに、幽霊などてんで信じない父親は、私にこういった。
「人のいる道から、歩いて二日かかる山の中に、庭があったんだ」
目の前には明るく開けた、庭としか思えない空間があったのだという。
山の中に開けた場所がある、ということ自体はよくあることだ。しかしそこは異常だったのだそうだ。
まるで刈り揃えた芝生のように短い草が足元を埋め、他の雑草はただの一種も混ざっていない。
小さな滝が設えたように横切り、庭の端から綺麗に地面に消える。
人が歩く歩幅丁度に点在する石には、枯葉ひとつ落ちていない。
「何より、檜が丸かったんだ。俺は何よりあれが怖かった」
檜という木は高く長く、三角形のシルエットに育つ針葉樹だ。その檜がそこだけ、人の腰の高さでずらりと並び、全てが庭木のように丸く丸く刈られたような姿だったのだそうだ。
「檜をあんなに丸くしてやるのは、庭師だって難しいんだ。だからこそ怖かった。幽霊なんか信じちゃいないが、俺にはあそこを横切る勇気はなかったね
踏み込んじゃいけないってさすがに思ったよ」
父親は結局、その庭を迂回し他の道を探したという。
それから二時間程歩くと、フラッと道に出れたそうだ。ただし、本来なら行き着く筈のない方向違いの山に辿り着いていたらしいが。
その後、また別の山で迷った際、また別の庭を見たらしい。そこはどんな風だったのか、と聞いたら
「俺な、もののけ姫のシシガミの庭見たとき驚いた。誰から聞いたんだろうな」
との返答だった。
父親は最後にこういった。
「山にはそういうものがたまにある。俺が見た二つの庭はどちらも尾根にあったんだ。山ってのは不思議なモノでな、尾根にあるものは必ず、谷にもあるんだ。
だから何処かの谷に少なくとも二つは、庭があるんだろうな」
口振りからしてそれは、山を歩く者たちの常識であり、当たり前のことなのだろう。
山
それは山と名付けられた異界なのだ。人が住まない代わりに、そこは人のものではないのだろう。
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