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斜陽は沈み、面会時間の終わりが近付く。
俺は水筒の中身を一口飲み込んで、飢えた全身に栄養が回る感覚をため息と共に吐き出し、落ち着かせる。
それを横目に見ていた里沙は、渋い顔をして小首を折った。
「またそんな栄養が薄いのを飲んで」
またその話か。毎度のこと過ぎて対応するのも面倒になる。
「薄くは無い。っつうか、栄養とかはあんまり関係無いからな」
「あんまりって事は少しは関係あるんでしょ? やっぱり食事はちゃんとしたのにしなきゃ駄目だよ」
簡易物で食事を済ませるな、なんて、どこのお母さんだ。今時保存食に依存してるやつなんて珍しくないし、俺もそれと同じようなもんだ。
「ちゃんとしてねぇわけじゃねぇし、お前に言われるまでもねぇ」
さて、そろそろ時間だ。俺は水筒の残りを飲み干し、里沙がさらなる説教を重ねてくる前に立ち上がる。
だが、その素っ気なさが気に入らなかったのか、里沙は膨れっ面をした。
「ローレン。あの約束、覚えてるよね」
しくじった。逃げ方が不自然過ぎたのかと自責してから、俺は首を横に振る。
「覚えてる」
忘れるわけが無い。
「お前に夢を見せてやるためにはまず、もっと良い治療が受けられるとこに行って身体を治して、病室から出られるようにならねぇとな」
そう、里沙は5年以上入院していて、身体が治る見込みは未だ無い。
そんな彼女に夢を見せてやるなんて容易では無いだろう。しかし、それでもこの約束は果たしてやりたい。いや、果たさなければならないのだ。俺は既に、彼女から命を貰ってしまったのだから。
だからこその約束だ。だというのに、里沙はふに落ちないというか、何かを悲しむような目をしていた気がした。
どうかしたのか、と聞いてみたら、里沙は笑って、ううん、ローレンに仕事行かないで欲しいな、って思っただけ、と言った。
その言葉に嬉しさ半分もどかしさ半分の心地好さに包まれたが、それに浸るわけにもいかない。
「ばぁか。それじゃお前の治療費が稼げないだろ」
そして、俺は里沙に背を向けた。
――この時に里沙の言葉の意味をちゃんと考えてやれていれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。
でも、後悔するのはいつだって、全てが終わった後なんだ。
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