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「ねぇ、ヨウちゃん」
「何だ」
「秘書の方って、綺麗な人?」
「どうだろうな、まあ美人だな」
「そっか」
「副社長の好みだ」
「何よそれ」
「奴の嫁」
その言葉に顔を上げると、ヨウちゃんは口角を引き上げて私を見つめていた。
「何だ、やきもちか」
「ち、違います!」
慌てて前を向き直すと、絡めた指先を強く握り返された。途端に胸がキュウと締め付けられる。
(ほんと、そういうとこ……)
ヨウちゃんは、やっぱり優しい。
「ところで今は何処に向かっているの」
ホテル名を告げられ、タクシーの中だというのに思わず大声を出してしまい、ヨウちゃんに睨まれた。
シカゴ市街でも一、二を争う五つ星高級ホテル。勿論私は足を踏み入れた事すらない。
「従兄弟が仕事で昇進したから、そのお祝い」
「そ、そうなんだ」
お祝いパーティーか。それにしてもあのホテルが会場って、豪華だな。
「都合のついた若い身内だけでの軽い集まりだ、気楽にして居ればいい」
「従兄弟は、日本人の方?」
「ハーフ」
なるほど……と考えながら、ふと隣のヨウちゃんを見つめ直す。鼻筋の通った端正な横顔。涼しげな切れ長の瞳に、潤った薄い唇。
「ヨウちゃんは……」
「純日本人だ」
「あ、そうですよね」
考えてみたら私ってヨウちゃんの家族の事、何も知らないんだな。
(半年前にお姉さんが御結婚されたって事と、実家にワンコがいるという事くらいしか……)
あんまり気にしてなかったけど、実は凄いお坊ちゃまとかだったらどうしよう。うちは平凡なサラリーマン家庭だし……。
「何をブツブツいってるんだ」
どうやら口に出してしまっていたらしい。訝しげな声を投げられ、ハッと我に返る。
「私、ヨウちゃんの家族の事とか……何にも知らないなと思って。お会いした事ないし」
「家族? まあそうだな。そもそもお前が日本に居ないしな」
「そ、そうね……」
そうでした。お母さんと会う時もこっちだし、この五年間、一度も帰国していない。
梓と会った二年前も、シカゴに来てくれたし。ヨウちゃんと会う時もシカゴ。
これだけ言うと怠慢のようだけど、ぶっちゃければアルバイトもしていないし、帰国するにはお金の問題が立ちはだかるわわけで、それに親戚とも疎遠だし、親しい友達は梓位しか居ないし……おや、ここまで考えたらなんだか私はとてもさみしい人みたいに聞こえるな。全然そんな事ないんだけども。
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