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「……状況は把握したつもりです。まずひとつ言わせてもらいますが、私の母はひどくありません。母子家庭ですので、来てくれただけで十分です」
わざと声にすこしドスを効かせて。
「そう。なら心配いらないね。あとは背中の傷が治るまで、だね」
この人と話していて気持ちがいい、と思った。たんに口が上手い、とかではなく相手の気持ちをよく察して言葉を選んでいる。
「僕は佐々木小次郎、というんだ」
どこかで聞いたことがある。いや聞き間違えるはずがない。宮本武蔵とならぶ歴史上の人物の名前ではないか。
「本当にそんな名前なんだよ。恥ずかしいことにね」
また私から笑いをとろうというのか。
自称佐々木小次郎と名乗る彼からひょいと手渡される学生証。表に北大学と書かれている。顔写真の下に『佐々木小次郎』と。
「大学生、なんですね」
あえて名前のことはスルーしよう。
「そう。大学の講義に行く途中で君が、あー、ミクちゃんが倒れていてね」
ミク、とは私のことだ。未来をミクと読む。未来が見える私にとってこの名前はふざけているがその通りなので気にしない。
「お母さんを呼んだのはあなたですか」
「まあね。君のケータイの登録にあったから。勝手だとは思ったけど知らせは早い方がいいと思ったんだ。病院から知らせが行くよりも僕がその場で連絡をとったほうが数倍早い。ダメだったかな?」
頭のまわる人だ。母にとってもその知らせは早い方が良かったに違いない。
「……ありがとうございます。助けてくれたことも母のことも」
「僕がやらなきゃ誰かが助けたさ。たまたまその場にいたから」
そのたまたまがなければ私の目覚めはもうすこし遅かったかもしれない。あるいは目覚めなかったか……。
「本当にありがとうございました」
「いやいや」
それじゃ、と佐々木は立ち上がった。
「もう行くんですか」
「まあ、結局のところ通りすがりの人だから僕は」
それもそうだ。
私はひとつ聞きたかった。
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