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「……犯人は見ました?」
「…………………………」
その沈黙の笑顔は見たのか。
「……顔を見てはいない。僕の横を通り過ぎた。声だけ聞いたよ。笑い声だけど」
『くくくっ』
その声は二人の耳に静かに残された、確たる証拠。
背中の傷は五十針。しかし、たった三日の入院で傷は完全にふさがり「驚きました。奇跡的な回復力ですね」と医者にほめられ、ものの数分で抜糸を終えると、私はもとの生活に戻ることとなった。なぜか回復力が異常に早かった。側にいた看護婦に気味悪がられたほどだ。
理由はわからない。
結局警察は一度しか来なかった。
簡単すぎる事情聴取。
「顔は見た?」
見ていない。
「何か言っていた?」
何も。
最近ニュースで騒がれている連続通り魔かもしれない、ただそれだけの話で終わった。
病院を出て家に帰る途中、電車の中で偶然にも母に会った。
「もう、大丈夫なのね?」
電車に揺られながら視線を向けた先にいた母。仕事で移動中らしい。
「うん、じゃあ家帰るね」
簡素な会話。
でもこれが私達家族の在り方。
「無駄に心配されるよりはマシなんだなあ~、私の場合」
ぶつぶつ独り言をしている間に家に着く。
「あっ!?……なんだミクか。お帰りー……」
お母さんかと思ったらしい。しかし反応の薄い弟だ。これでも私は通り魔に刺され、三日間入院し、警察の事情聴取を受けた人間だ。もっとかける言葉があってもいいではないか。
「ミヒロ、あんたニュース観てた?」
「んー。ミク刺されたんでしょ。テレビでは通り魔の犯行だって。まだ捕まってないらしいよ。てかミク、未来見えるのになんで刺されたの?」
私の未来視のことを知っている数少ない人間がこいつだ。弟のミヒロ。一歳違いだが昔から姉弟というより双子のような距離感を保っている。
「……自分に関する未来だったから不確かにしか視えなかったのよ。想定外、といったところね」
このようなことは初めて。
いちおうは自分自身の未来を視た、ということになる。だが、それが本当に自分であったのか……。実は私は誰かの代わりになったのではないか……。未来視の結果といろいろな憶測が混ざる。
……まあ、どちらにしろもう過ぎたことだ。
「想定外、ねえ……」
刺されたことにはノータッチらしい。たくましい弟だな。
「飯食う?」
いやどんだけだよ。
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