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人は予測しなさすぎだ。この十数人の通行人の中に今朝のニュースを観た人は一体何人いることだろう。そしてその中で「気をつけよう」と意識している人間は一体何人いることだろう。
またその中で護身術を習ったことのある人は一体何人……。
そう多くないだろう。
通行人はざっと見、二十~三十人。まったく人は愚かだ。自分自身を守る術すら知らないのだから。
『くくくっ』
…………?
静かな笑い声。
僕のわきをすれちがった男の声だ。不気味なヤツだな。
「きゃーっ!」
女性の悲鳴。
とっさに声のした方を見る。うつ伏せに女が倒れていた。悲鳴をあげたのは側にいたOL。
「……まさか!」
今僕のわきをすれちがった不気味な男の仕業、か?
急いで振り返る、がその男の背中は見つからなかった。
僕は倒れている女に急いで駆け寄った。
「大丈夫か」
背中の中央部に血がにじんでいる。僕が駆け寄ったことでOLの悲鳴が止んだ。
「救急車を早く」
OLはすぐに携帯電話を取り出し、119番。悲鳴をあげたわりには冷静だった。僕はすぐさま血のにじむ女の背中に手のひらを強く当てた。
圧迫止血法。原始的だが現時点でもっとも効果的な手当だ。
「若いな……」
女は、女の子だった。よく見るとパーカーの下に制服を着ている。その厚着のおかげか傷は深くはないようだ。手のひら越しに血のどくどくとした流れがわかる。刺されたショックで気を失ったのが幸いし、多量の出血をまぬがれていた。
不幸中の幸い。
野次馬が群がる中、交差点に救急車のサイレンが響き始める。
この子は助かりそうだ。
良かった。
『くくくっ』
あの男の声が耳に残っていた。
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