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ビギッ――と、まだ新しいはずの重厚の 木造りの椅子が、石造りの小部屋の中で おかしな音を響かした。 「出せっ、だからラ出セッ!」 大の成人男性でも動かすのが大変なはずの重い椅子は、けれどそこに縛られているただ一人の女性の力によって揺さぶられ、ガン、ガンッ、と荒々しく石床に 打ち付けられている。 「出セェッ、出してクレ!!」 女性はさながら獣にでも変貌してしまったかのように歯をむき出しにして、喉が潰れたようなしゃがれた悲鳴を張り上げた。 普段の優しい笑顔も、穏やかな声音も すべて失って、長く艶やかな白金色の髪を振り乱しては繰り返し苦しげに椅子を揺らし、暴れる。 「ここから出セ、苦しイッ、出しテクレ!」 「母さん、母さんッ!」 そんな女性――村の教会堂の一室に 閉じ込められている『自分の母』に 向かって、イリスは必死に言葉を投げ掛けた。 けれど母は、いくら呼び掛けてもイリスの言葉に応えてくれなかった。 鍵が掛けられた扉、その上部にある 格子窓を覗いても、母はイリスを 呼び返すどころか、睨み寄越しては 部屋から出せと喚き、あるいは 「殺す」となどの恐ろしい罵声を浴びさせかけてくるばかりだ。 「母さんッ!ねぇ、母さん……!!」 「イリス、やめなさい、今はいけない!」 強く腕を引かれてイリスは力に抗えず 後ろを振り返った。 母と同じ白金色の髪が、廊下の濁台の灯りに反射し、目の端に揺れる。 見上げると、背後に立っていた濃紺の 修道服を着た男性が、苦悶した様子で 首を振って、「今はいけない」と同じ言葉を繰り返した。 「イリス、君の母さんは悪魔にとりつかれているんだ!不用意に話しかけるのはいけない!」 「でも………ッ!母さんが苦しそうなの、お願い修道士様、母さんを助けて下さい、お願いします!」 「無茶を言わないでくれ、イリス! 君ももう14になったんだ、分かってるだろう。修道士は神様の御力は持たない、エクソシストでは無いんだ!! エクソシスト様は大きな都にしかおられない。私には悪魔を祓うなんて出来ないんだよ!」 修道士様の言葉に、イリスはぐっと唇を噛み締めてもう一度扉を振り返った。
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