アイツは紳士じゃない。

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 山崎エリナは胸が少し苦しくなった。  それは、大村カエデが話す、峰岸ケンジのヒモ行為によって自身の金銭的な危機を感じたからではない。 山崎エリナは、自分と峰岸ケンジの財布の中身は共有財産だと考えている。 今更、峰岸ケンジが全て使い切ってしまうのでは? と言われたところで、コンマ一ミリとて気持ちに動揺は起こりはしない。  山崎エリナの胸が少し苦しくなった真意は、吸血鬼という言葉からであった。 カッコいいじゃん。そう思った。 萌えたのだ。  吸血鬼とは何者か。山崎エリナは詳しくは知らない。 しかし、ミステリアスな色白の血を吸うイケメン、黒いマントを身に纏う紳士、そして、断崖絶壁にに聳えるお城のような御屋敷、というイメージ像だけは持っている。  いいじゃないか、いいじゃないか。そんな吸血鬼(ケンジ)の傍らには、いつも美女(私)。いいじゃないか。山崎エリナは、そう思った。  山崎エリナの女体は、愛しの峰岸ケンジを思うあまり、少しばかり湿り気を帯びた。 そのためか、掛けていた金フレームの眼鏡が曇り、山崎エリナの視界の先は靄がかかったように、幻想的かつ官能的な世界へと変貌を遂げた。  そんな事とはつゆ知らず、大村カエデは中身が無くなり、氷だけとなったファンタグレープの残り香を味わうべく、紙コップをズーズーと鳴らした。 そして、思い立ったかのように、徐に右の分け目から前髪を掻き上げると、テーブルの上に身を乗り出した。 その顔は、確信に迫る刑事のように鋭い目をしている。  この子、鼻の形が良ければもう少し美人なのになと、普段から抱いていた思いが不意に山崎エリナの脳裏に過ぎった。  何より、普段は全剃りしている大村カエデの眉毛が少し野放しにされていて、眉ペンで描かれた偶像の眉毛と違う進路を走っているのに気付いた。 大村カエデの眉毛の先端部は枝分かれしていて、まるで蛇の舌先のようだ。 雑い女だ。そう山崎エリナは軽視した。  だが、彼女は気にする事なく、ストローから薄い唇を放し、話し始めた。 「もしさぁ、別れ話を出すとするじゃん? んじゃ、その吸血鬼マンがキレるって可能性もあるじゃん? そしたら何するか分かんないし、ヤバいからアタシが一緒にいてあげるよ。二人ならーー」  何が吸血鬼マンだ! マンを付けるな! そう声を荒立てそうになる感情を、下唇をそっと含み、堪えた。 
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