アイツは紳士じゃない。

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「よしっ! 作戦も練ったし、早速その吸血鬼マンを退治しに行こう!」 ま  大村カエデは、アタシの親友を食い物にするような奴は絶対に許せないと、ヒーロー気取りで拳を堅く握りしめた。 その口は、言葉を裏切るように新たなポテトが噛み潰されている。 「で、でも……」     明らかに乗り気ではない山崎エリナの言動に、大村カエデは大きな溜め息をつくと、わかるよと言い、子守唄を口ずさむ母のように続けた。   「いくらあんたを痛めつける男だとしても、一応ホレた男だもんね。信じたい気持ちは痛いほどわかる」 「いや、そういうのじゃなくて本当にケンジはーー」 「ねぇ、アタシが今まで間違った事言った事ある?」  山崎エリナを包み込むような微笑みで見つめる大村カエデは、首を少しだけ傾げた。  昔から大村カエデはまともな事を言う方の人間だとすれば、今の言葉に説得力はある。 だが、山崎エリナはそんな認識を一度もした事がない。  ふざける事は大好きで、誰かが多少傷付くような事でも、周りの人間九割が笑うのならば、お調子者の彼女は構うことなくやるだろう。 そして、そんな彼女が高校二年の頃にやっだ悪戯は群を抜いていた。 当時テレビ番組で流行っていたブラックメールを、数人の友人と共謀し、実際に決行したのだ。  D組のマドンナ吉澤アサミに大村カエデがなりすまし、新任でまだ若い男性数学教師の青木ユウキをターゲットにした悪戯。 思わせぶりな態度を、数ヶ月間に渡りメールでチラつかせたのだ。 思いの外、事はうまく進み、最終的には興奮状態へと陥った青木ユウキが隆起した男性シンボルの写メを、吉澤アサミになりすました大村カエデに送りつけるという、最低で最高の結末を迎えた。  その後、青木ユウキは青木“隆起”を襲名。 そして、学校を去った。 てめぇは、信用っつう言葉とは最も程遠い人間なんだよっ! そう山崎エリナは言ってやりたかったが、声帯を震わせる事は出来なかった。 山崎エリナは、事を荒立てる事を嫌う物静かな女なのである。  目の前の紙コップの中の冷めた珈琲で、荒ぶる感情を人知れず飲み込んだ。
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