アイツは紳士じゃない。

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「きっと家に居ないの」 「えっ?」  言葉の猛攻をかいくぐり、放った言葉に大村カエデの瞳孔が開いてゆくのが、山崎エリナには見えた。 「たぶん朝からスロットに行ってると思う」  足元から後頭部まで、何かが駆け上ったかのように大村カエデの毛が逆立ってゆく。 そして、ゴクリと唾を飲み込むと、味覚が苦味を察知したかのように、顔をしかめた。 「つか、そのスロットのお金ってエリナのーー」  大村カエデは、恐らく峰岸ケンジに対する思い付く限りの罵声を吐き続けた。 時間にして、一時間半。 永遠に続いてしまうのではないかと、錯覚に陥ってしまいそうな程に長い時の流れの中、山崎エリナの反論は何一つとして、認められなかった。  山崎エリナの感情なんて物を一切無視した一方的な罵声は、正しく耳のレイプ。 この女いつ息継ぎをしているのだろうかと、疑問すら抱いた。  そんな大村カエデの烈火の如く怒り狂う姿は、周りの群集からしても正に異常そのもの。  しかし、そんな彼女の行動の理由を、山崎エリナは何となくだが感づいていた。  大村カエデは、正義感と言う建て前に潜んだ、娯楽という名の暇つぶしクエストをせっかく手に入れようとしていたのにも関わらず、目前にしてお預けされたのだ。  そんな事、当然彼女の性格上許される事ではない。  そして、推測するにこの女は生理前に違いない。 とにかく、色々な不満をぶちまけられただけである。  それを分かっていた山崎エリナは、とにかく大村カエデの怒りが収まるまで、一度も口を閉じることはなかった。  西の空が赤く染まる頃、二人はマクドナルドの店内を後した。 電車に乗り、地元の駅の改札を出た所で、解散となった。 漸く山崎エリナは解放されたのだ。 大村カエデと別れ、一人になれただけで胸が踊る。 嬉しくって、宙返りなんてしちゃおっかななんて考えたが、実際は出来っこないので、でんぐり返りでもいいと山崎エリナは思った。 しかし、大村カエデから解放された嬉しさを上回る感情がこんこんと湧き上がってくる。 峰岸ケンジの顔を数時間ぶりに見れると思うだけで、胸の内側がモキュモキュした。  この瞬間、幸せを感じた。 その幸せが溢れ出し、山崎エリナの口元は三日月のように釣り上がった。    そんな半笑いの女は、街灯の下を飛び交う数匹のコウモリを横目に家路を急いだ。
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