アイツは紳士じゃない。

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 部屋の明かりが点いていなかった時点で、室内に誰も居ない事は山崎エリナも分かっていた。 しかしながら、多少の期待を抱いていたが、呆気なく裏切られる結果に終わった。  焦らしてくれるじゃんと、下唇を噛み締め、室内へと上がった。  蛍光灯が照らし出した室内は、山崎エリナが今朝家を出た時と至って変化はない。  玄関横の二畳程しかない台所を抜け、ダイニングに置いてある二人掛けのテーブルの椅子の背もたれにバッグを掛けた 。  ダイニングキッチンとは名ばかりの、狭いダイニングは静まり返っていて、冷蔵庫のモーター音だけが低音を鳴り響かせている。 テーブルの上に置かれたゴムで背中まで伸びた髪を馬の尾のように頭の高い所で束ねると、山崎エリナは真っ白のブラウスの第三ボタンを開けた。 谷間からは真っ黒なブラジャーが顔を覗かせた。  見渡した先には六畳の愛のベッドルーム。 そこに峰岸ケンジの抜け殻を見つけた。    下腹部辺りがジュンッとなる感覚を覚えながら、山崎エリナは抜け殻へと歩を進める。  もう、だらしないんだから。と思いつつも、無意識に口角が頬を押し上げるのが分かった。  山崎エリナは、愛のベッドルームに無造作に脱ぎ捨てられた抜け殻の前に立った。 満たされない欲求が、体の中を満たしてゆく。  そのせいなのだろうか。胸の内側でキツツキがクチバシで叩くように鼓動が早くなる。  もう抑えきれない。いや、抑える必要など初めからない。 そう思った瞬間、山崎エリナは抜け殻へと飛び付いた。  フワッとした軽い感触。    フッと香る峰岸ケンジの体臭。 それは本人ではないけれども、今の山崎エリナには、これにとって変わる物など存在しない。  山崎エリナは、峰岸ケンジが脱ぎ捨てていた部屋着のジャージを喰うてしまう程の勢いで貪った。  鼻孔から匂いを取り入れ、温もりのないジャージを身体に重ねた。   それを着た彼を思い出しながら、生地に唇と舌を這わせ、ジャージ素材のざらついた感触を味わう。 乱れる思いが山崎エリナを獣のように変貌させる。  ケンジ、ケンジと無音の室内で名前を連呼しながら身悶えた。        
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