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「後ろだよ、後ろ」
その声にたまらなく驚いた原田は手を滑らし、銃を落としてしまった。とっさに腰のホルスターから拳銃を抜くと、振り返り、撃鉄を引いた。
「待て、味方だ」
「あ、あぁぁ…」
よく見ると銃眼の前に草色の陸戦服を着た男が立っていた。原田は味方と知ると、情けない声を上げて陣地内に座り込んでしまった。
「いやいや、驚かせる気はなかったんだが。大丈夫か?」
笑顔で男が刀をカチャカチャ当てながら梯子を降りてくる。その身なりからしてどうやら将校の様だ。
それにまた驚いて不動の姿勢を取る原田に男はニンマリと口角を上げた。
「気にするな、私は敗兵だ。もはや敬意を表される価値もない男だ」
「敗兵、ですか?」
「そうだ、我が175警備隊は負けたんだ」
原田は175警と言えば自分の187警の前任隊で、とっくの昔に壊滅したと聞いていた事を思い出した。
「もしや、まだ他に175警の生存者がいるのですか?」
「いや、私だけだ。他は皆、死んだ」
そう首を横に振ると、男の表情は悲しみの中にも確実に怒りが浮かび上がっていた。
「どうしてですか?一体何があったんです?」
「それが…思い出せないんだ」
「思い出せない?」
「あぁ、ンダリ・ゲニソカに到達した所までは覚えているのだが、その後の戦闘をしていたのか、小休止していたのかさえ覚えていないんだ」
おかしい…原田は直感的にそう思った。175警の進路、いや、このニューギニアの地にンダリ・ゲニソカと言う地名はない。
「ンダリ・ゲニソカですか…ところで少尉は何故ここにおられるのですか?」
「分からん。ただ、私が気付いた時には村で介抱されていた」
「もしや、タロト、と言う村ではありませんか?」
男は頷き、その村のある方向を指さすと階級章を取り出した。
「このまま1日も歩けばその村に着く。村の連中は何故か階級章をあげると喜ぶから使ってみるといい」
「ありがとうございます…少尉。このまままっすぐ進んで行けば187警の野営地へ辿り着く筈です。ご武運を」
少尉は別れを告げると原田の来た道へと進んで行った。
それを原田は哀しそうな目でじっと眺めていた。
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