Prologue.「歪んだ運命の彼方に」

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その顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃに歪んでいた。 何とかなるさ、などと気休めを言う事は簡単だが、そう言ったとしてもどうにもならないだろう。 いつか経験したシミュレーションよりも酷いこの戦況は、絶対に覆せない。 いつもならば真っ先に弱気な態度を取った衛士を叱咤する政治将校のグレーテル・イェッケルン中尉も沈黙を保ったままだ。 「……俺達は俺達に出来る最後の事をやるぞ、カティア」 国があって人がいるのではない。人がいて国が存在するのだ。 アイリスディーナの言葉を信じて、今は一人でも多く東ドイツの国民を逃がし、守る時間を稼ぐ事が自分達に与えられた使命だ。 カティアはテオドールに涙声で「了解」と返し、突撃砲を接近してきた要撃級へと見舞った。 『残弾ゼロ、推進剤は一割を切ったか――』 アイリスディーナは彼女にしては珍しく舌打ちをしながら、使い物にならなくなった突撃砲を投げ捨てた。 『……ここまで、よく私に付いてきてくれた。』 それは、苦悶の末に発せられた言葉だった。 戦況ウィンドウには四方八方にBETAを示す無数の光点が明滅し、666戦術機中隊を取り囲んでいる様がある。 歩兵部隊や戦車、NVAのモビルスーツ隊を示すマーカーは既に無く、この一帯を守っているのは666中隊と、僅かに生き残ったユーラシア連邦軍のモビルスーツ、RGM-79「GM」のみだ。 『あ……っ』 誰もが諦めかけたその時、カティアの驚愕に震える声がテオドールの耳朶を打った。 「どうした、カティア!?」 『前方から光の奔流らしきものが……戦況ウィンドウが確認できません!』 テオドールは慌ててヘッドセットを確認するが、確かに表示がおかしい。全ての網膜投影スクリーンがホワイトアウトしたままだ。 『何だ、これは!?機体が――』 『嫌だ、お兄ちゃん――』 「アイリスディーナ!?リィズ!?クソっ、機体の制御が……」 自分がこうして生きている以上、光線級や重光線級のレーザー砲撃に晒された訳ではないのは理解できた。
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