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ーー数十分後、俺は否応なしに現実に引き戻された。
「……うぅ、さぶい……さぶすぎる……」
不意に通り抜ける風が肌を刺すように冷たくて、思わず身を縮めた。マフラーから少しだけ口をのぞかせて、かじかむ手に息を掛けながら擦り合わせる。
吐いた息が白い霧みたいになって宙を舞う。それを追うように空を見上げていると、公園の中に入ってくる足音が一つ、耳に届いた。
確認しようと顔を戻した瞬間ーー。
ドクンと心臓が跳ね上がり息を飲んだ。
肩に掛かる薄茶色の髪、夕日の光を浴びて輝くは黒真珠のような双眸。この寒さも忘れさせてくれる程の暖かい笑顔。
足音の主は……俺が待ち望んでいた初恋の人『西村彩音(にしむら あやね)』だ。
西村は俺を視認すると、鞄を片手で前に持ち、空いた手を控えめに振りながら、ゆっくりとこっちに歩いて来る。
「遅れちゃってごめんね。けっこう待たせちゃったかな?」
小首を傾げ訊いてくる姿は可愛すぎた。
「よ、よう西村。全然待ってない。つーか、俺も今来たとこみたいな? あははは」
……ヤベェ、声が上擦った。
「うふふ、その割には待ちくたびれた顔してるよ」
「いやいや、マジで待ってねえよ。それに待ったとしても、こんな寒さなんて屁でもねーし、寧ろ暑いくらいだぜ」
言って、分厚いコートでわかんないが、力こぶを作って見せる。
西村は「さすが空手習ってるだけあるね」と返してくれたが、実際寒すぎて震えてましたなんて口が裂けても言えない。
そんな感じで、多少会話が温まってきたところで西村が一歩俺に近づくと、
「それで桐島君、私に伝えたいことって何かな?」
「っーーーー」
その言葉に息が詰まり、心臓がより一層早く脈を打った。
ゴクリと喉を鳴らす俺。
ーーつ、ついに本題がきた。
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