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「…………ただいま」
玄関のドアを開け、靴をぬぎながら囁くような声で帰宅したことを告げる。
台所から美味しそうな匂いが鼻腔を刺激するが、どうでもよかった。
今は何も食べる気にもならないし、何もしたくない。
そんなことより、早く部屋に上がって布団にダイブし、今日の出来事を忘れてしまいたかった。
リビングを横切り、階段を上がっていると、リビングの戸が開く音と誰かがこっちに向かって来る足音が聞こえてきた。
「楓! 帰ってきたんだったら『ただいま』くらい言いなさいよね」
耳に残るカン高い怒声が鼓膜を叩く。
俺は瞑目しつつ嘆息すると、足を止めて顔だけを声の方へ向けると、そこにいたのは。
腰まである長い黒髪を揺らし、手のひらに収まりきらないデカイ胸を挟むように両腕で組み、口をへの字に結び、凛とした双眸で俺を睨みつけている桐島真菜(きりしままな)こと
、俺の姉ちゃんだった。
「……ちゃんと言った」
短く返すと、それが気にいらなかったのか姉ちゃんは眉根を更に寄せて、
「ちょっとアンタ! なにその態度。人がせっかく心配してるのにっ」
憮然に声を荒げる姉ちゃんに少しイラっときた。
人の気も知らないでキーキーわめきやがって。
「んなこと誰も頼んでねえよ。いいか? 俺は途方もなく疲れている。よって、これから睡眠という大義名分のもと寝なくてはならない。わかったな? んじゃ、そうゆうことでオヤスミ」
言って、顔を戻すと片手をひらひらさせながら止めていた足を動かし、階段を上るのを再開させる。
「ち、ちょっと待ちなさいよっ!! いい度胸してんじゃないの!」
ああもう! うるせえ、うるせえ。
俺は背に聞こえる姉ちゃんの声を無視して部屋に入った。
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