0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の言うティアとは即興で決めたアマルティアの偽名だ。 彼女が“魔を統べる者”であることは隠しておかなくてはならない。
「ティアというのですか。しかしなぜこのような少女が拘束されて……」
「さあな。本人も知らないらしい。ダルディム、街まで送ってくれ。ティアも馬車に乗せる」
「了解しました、勇者殿」
ダルディムは馬車の中ではなく御者の席につき、俺とアマルティアは馬車に乗り扉を閉めた。
『それでは出発しますぞ、勇者殿、ティア殿』
外からくぐもった声が聞こえると鞭の音、そして馬の鳴き声と共に馬車は動き出した。
「あ、そうだアマルティア。言い忘れてたけどお前今日からティアって名乗れ」
「……え、ええ。わたしの正体が知れてはダメなのね。分かったわ」
アマルティアの元々の性格など知らないが明らかに先程と態度が違う。なんというか、借りてきた猫のようになっている。
「どした?」
「へっ? な、何が?」
「いや、なんか挙動不審」
「う、それは仕方の無いことよ。わたしは、あまり人と話すことに慣れていないのっ」
ダルディムと合流してから急にだんまりになった理由はそれか。
“魔を統べる者”の話が出ても全く反応していなかった。
「ああ、馬車にまで乗せてもらって……迷惑になっていなければいいのだけど」
「おま……。迷惑なんてありえねーから。それにダルディムは人情深いんだから大丈夫だって」
「にんじょう……」
人情が珍しいものであるかのように不思議そうな顔つきになるアマルティア。
今まで他人の温もりを感じたことが無いということは容易に想像がついた。いやそもそも他人と関わったことが無いのか。
「それよかアマルティア、なんで俺は平気なんだ?」
「あなたは敵だったからよ」
「……え、なんだそれ?」
急に無表情に戻りしれっとアマルティアは答えた。
本人もうまく説明できないようなのだが、勇者という人種、つまり彼女の討伐を目指す者達には人見知りはしない。目の前に現れたらすぐに殺してさよならだから迷惑とか礼儀とかは必要無い、というようなことを言っていた。
「それよりあなたの方こそ、あの騎士への態度とわたしへの態度が全然違うわ。なぜ猫を被っているの、ティモリア?」
「いやほら。俺って勇者だし? あんまし砕けたカンジだと睨まれんだよね」
「……あらそう」
最初のコメントを投稿しよう!