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次の瞬間、雪よりも冷たく光るものが音もなくスッと突き付けられる。
「あ……」
刃だった。もうひとり、同じ羽織姿の男がいたのだ。
きっとこの男が残りの狂気の男を倒したに違いない。
「いいか、逃げるなよ。背を向ければ、斬る」
「……!」
雪を散らす風が小路を吹き抜ける。
すっくと立つ男の、漆黒の髪が空に舞う。
透けて見える月の光はひらひらと散る桜の花びらにも似て、美しい命の最期の瞬間を舞っているかに見える。
強い視線で千鶴を射すくめるその男はまるで――、狂い咲きの桜のようだった。
圧倒的な恐怖のなかで、刻が動きを止めてしまう。
こちらをじっと見つめている鋭い、だか涼やかな瞳と、吸い付くような冷たい刀身――――――
どちらに命を奪われるのか、一瞬の混乱にくらりとする。
雪が舞う。
目をそらせない。
自分でも気づかないうちに千鶴は、こくんと頷いていた。
「副長、死体の処理は如何様に?」
「羽織だけ脱がせておけ。後は監察に処理させる」
男が斎藤に応えた。
ふたりとももう、千鶴には目もくれない。
「それより、どうするんです?この子」
細身の若者が千鶴のほうに顎をしゃくって問うと、再び男は射すくめるように千鶴を見た。
(……こ、殺される……)
千鶴はわなわなと震える手で必死に小太刀を掴む。
が、わずかな間を置いて、
「屯所に連れていく」
男は素っ気なく吐き捨てた。
「あれ?始末しなくていいんですか?さっきの、見ちゃったんですよ?」
「そいつの処遇は、帰ってから決める」
助かった、と安堵すると同時に、緊張の糸が一気に解ける。
千鶴の意識は途切れ、そのまま前のめりに倒れていく――。
「……運のない奴だ」
冷たく呟く男の言葉はもう耳に入らなかった。
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